2010年04月16日

魚河岸シャツの歴史

魚河岸シャツの歴史
最近時々聞かれるので


一般的な説は焼津の漁師や魚屋さんが魚を卸していた東京の築地から新年などの挨拶として頂いた手拭いをシャツに仕立てて着ていたという説

もうひとつの説として
魚河岸シャツ用の手拭いや浴衣の生地をいっぱい売っている焼津中央通りの川口呉服店のおじさんに教えてもらったのは
その昔、今もある焼津の鰯ヶ島にある青峰山(お寺)に相撲の巡業がよく来ていたそうで
お相撲さんから頂いた手拭いをシャツに仕立てて着ていたという説

私はどちらも正解だと思います
魚河岸シャツの魚河岸は東京の築地の事を指すのです
お相撲さんから頂いた事といい手拭い生地が東京から入ってきたモノであるということも
面白い話だと思います

当時の焼津の魚屋さんが貧乏だったのか?
当時は布が高価だったのであろうと思われます

ただ汗をかいても洗って一晩干せば乾いてしまう
魚河岸シャツは現在のように物があふれて着替えが何着もある
時代ではなかったので夏汗をかいて働く焼津の魚屋さんには
重宝だったのであろうと思われます。

ある意味焼津の魚屋さんの生活の中から出た民俗衣装ともいえる
モノなのでしょう

今年の夏は私の10着ほど持っている魚河岸コレクション
を大学に順繰りに着て行きます
もちろん3着あるスペシャル魚河岸も着ていきます
今年は福祉大学でも流行らせようかな



Posted by 濱のマスター at 22:07│Comments(2)
この記事へのコメント
>布が高価だった
思い出しました。
子どものころ、隣のおばあさんが
手ぬぐいで作ったシャツどころか、浴衣を着ていたのを。

お洒落どころか、貧乏さを現す話として語りぐさでした。
手ぬぐいは洗えば洗うほど気持ちよくなりますね。
Posted by クールなおクールなお at 2010年04月17日 08:14
>クールなおさん
私、焼津に来て6年ほどですが毎年買い足して
今では魚河岸シャツが10着ほどになりました
今では夏は魚河岸が離せません
Posted by 濱のマスター濱のマスター at 2010年04月17日 09:01
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    コメント(2)